乳歯はいずれ抜けるから虫歯でもいい?いいえ、大人の歯への「引っ越し準備」は始まっています

「先生、どうせ生え変わるんだから、乳歯の虫歯は放っておいて大丈夫ですよね?」

……正直に言います。この質問、歯科衛生士18年間で、何百回聞いたかわかりません。そのたびに私は「うんうん、そう思いますよね〜」と共感しつつ、心の中でこっそり「でもそれ、大きな誤解なんですよ!」と叫んでいます(笑)。

はじめまして。口腔ケアアドバイザーの柚木葉子です。私は20代のころ、パティシエ修行中に1年で8本の虫歯をつくるという「歯的大惨事」を経験した元・問題児です。担当してくださった歯科衛生士さんに助けてもらったことで、この仕事を目指しました。

今日お伝えしたいことはひとつ。「どうせ抜けるから」という考えは、お子さんの将来の歯にとって、とても大きなリスクになり得ます。でも怖がらないでください。ちゃんと知れば、今日からできることは必ずあります。一緒に「大人の歯への引っ越し準備」を始めましょう。

乳歯は「仮住まい」じゃない。永久歯の「下見係」です

部屋を借りる前に、不動産屋さんが先に下見をしてくれますよね。乳歯の役割は、ちょうどそれに似ています。永久歯が正しい位置に引っ越してこられるよう、場所を確保し、道案内をする。それが乳歯の大切な仕事のひとつなのです。

乳歯の役割を整理すると、主に次の4つがあります。

  • 食べ物を噛み砕き、栄養をしっかり吸収させる
  • 正しい舌の位置を覚えさせ、発音・言葉の発達を助ける
  • 噛む力を育て、顎の骨の発育を促す
  • 永久歯が正しい位置に生えるための「案内役・スペースキーパー」になる

特に4つ目の「スペースキーパー」という役割が、今日の話の核心です。乳歯は、その下にいる永久歯のために「ここに生えてくるからね」という目印を保ち続けています。この目印が虫歯で早々に失われてしまうと、周りの歯が空いたスペースに向かって傾いてきます。そうすると、本来そこに生えてくるはずの永久歯の居場所がなくなってしまうのです。

「仮住まいだから汚れていても関係ない」どころか、仮住まいを綺麗に保つことが、次に住む人(=永久歯)の暮らしを左右する。そのくらい大事な存在なのです。

「放置したら何が起きるか」を正直にお伝えします

乳歯の虫歯を放置したとき、永久歯にどんな影響があるか。かなりリアルな話になりますが、知っておくことがケアへの第一歩ですので、読んでいただけると嬉しいです。

歯並びが崩れる

虫歯が進行して乳歯を早期に失うと、隣の歯が空きスペースに向かって傾いてきます。永久歯が生えてくるべきスペースが消え、八重歯や叢生(歯のガタつき)が起きやすくなります。将来、矯正治療が必要になるケースは少なくありません。

永久歯の「質」が悪くなる

虫歯の炎症が根っこの先まで達すると、その下で育っている永久歯の赤ちゃん(歯胚)にダメージを与えることがあります。生えてきた永久歯のエナメル質に白い斑点や変色が現れたり、欠けやすくなったりする「ターナー歯(エナメル質形成不全)」が起きることがあるのです。虫歯菌による影響を受けやすい、スタートから不利な歯になってしまいます。

虫歯菌の環境ごと、永久歯に引き継がれる

お部屋に例えると、カビが生えた部屋を引き継いだようなものです。乳歯の虫歯が多いということは、口の中に虫歯菌がたくさんいる環境が出来上がっているということ。そこに生えてきた生えたての永久歯は、エナメル質がまだやわらかく成熟していないため、虫歯になるリスクが非常に高い状態でさらされてしまいます。

顎の発育・顔貌にも影響する

痛みのある歯では噛めないため、反対側だけで噛む癖がつきます。その結果、顎の骨が左右バランスよく発達できず、顔が歪んでしまうこともあります。噛む力がしっかり育つのは子ども時代のこの時期だからこそ、機能を守ることが大切なのです。

気をつけて!乳歯の虫歯は「白い」から見えにくい

乳歯の構造について、少しだけ専門的なお話をさせてください。

乳歯のエナメル質(歯の外側の硬い層)の厚みは、永久歯の約半分しかありません。つまり、虫歯になったとき、永久歯よりもずっと速いスピードで、あっという間に神経(歯の命綱!)にまで達してしまうのです。

そしてもうひとつ、大人の虫歯と大きく違う点があります。大人の虫歯は「黒っぽい穴」として気づきやすいのですが、乳歯の初期虫歯は白い濁りとして現れることが多いのです。「なんか白いな」と思っても、「歯が白くてきれいだな」と勘違いしてしまうことも。痛みもほとんどないため、気づいたときには神経まで達していた、というケースが本当に多いのです。

乳歯の特徴影響
エナメル質・象牙質が永久歯の約半分の厚さ虫歯の進行がとても速い
初期虫歯が白く濁った色で現れる気づきにくく、発見が遅れやすい
子どもは痛みをうまく伝えられない重症化してから発覚しやすい
歯と歯の間が狭い隣の歯にも広がりやすい

「歯が白いな」は要注意ポイントかもしれません。少しでも気になったら、まず歯科医院へ相談してみてください。

虫歯菌は「感染する病気」です。知っていましたか?

ここで、少し視点を変えてお話しします。

実は、生まれたばかりの赤ちゃんのお口の中には、虫歯の原因となる「ミュータンス菌(虫歯菌)」は存在していません。虫歯菌は、周囲の大人のお口から感染するものなのです。

歯科ではこの感染が特に起きやすい時期を「感染の窓」と呼んでいます。生後19ヶ月(1歳7ヶ月)から31ヶ月(2歳7ヶ月)の間がその時期で、ちょうど乳歯が次々に生えてくるタイミングと重なります。歯の表面でしか生きられない虫歯菌が、乳歯という足場を見つけて定着しやすくなる時期なのです。

この「感染の窓」が開いている間に虫歯菌との接触をできるだけ少なくできると、3歳以降は口の中の細菌バランスが固定され、虫歯になりにくい口腔環境が整いやすくなります。

では、どこから感染するのでしょうか。主な感染経路はこちらです。

  • スプーンやお箸の使い回し(大人が使ったものをそのままお子さんへ)
  • 食べ物の口移し・かみ与え
  • 親御さんが食べ物に「ふーふー」と息を吹きかけて冷ます行為
  • 口と口のキス

「愛情表現がそのまま感染経路に……」という話は、はじめて聞くと少しショックかもしれませんね。でも、過度に神経質になる必要はありません。一番大切なのは、周囲の大人自身がしっかり口腔ケアをして、口の中の虫歯菌を減らしておくことです。大人のお口が綺麗であれば、万が一唾液が接触したとしても、感染する菌の量は格段に少なくなります。

「子どものために」と頑張るよりも、「家族みんなで口腔ケアを整える」というイメージで取り組んでみてください。

今日からできる「引っ越し準備」のすすめ方

ここまで少し怖い話が続きましたが、安心してください。大切なのは「完璧にやること」ではなく、「今日より少しだけよくすること」です。

フッ素(歯の強化コーティング)を活用する

歯が生えてきたら、フッ素入りの歯磨き粉を使い始めましょう。フッ素には、歯のエナメル質を酸に溶けにくい強い構造に変える働きがあります。厚生労働省もフッ素の利用を虫歯予防の柱のひとつとして推奨しており、日本小児歯科学会などの複数の学会も、年齢に応じたフッ素濃度の歯磨き粉の使用を提言しています。

年齢別の目安は次のとおりです。

年齢推奨されるフッ素濃度使用量の目安
生後6ヶ月〜2歳未満500ppm以下切った爪くらい(ごく少量)
2歳〜5歳1,000ppm以下5mm程度(グリーンピース1粒くらい)
6歳以上1,000〜1,450ppm1〜2cmほど

磨いた後、うがいをしすぎるとフッ素が流れてしまいます。「ぺっ」と一回だけ吐き出して、大きくうがいをしないのがコツです。

歯科医院でのフッ素塗布も、家庭ケアと組み合わせることでより高い効果が期待できます。3〜4ヶ月に1回の塗布が目安です。

仕上げ磨きを大切に

子どもが自分で磨くのは「練習」で、仕上げ磨きが「本番」です。小学校低学年くらいまでは、毎日保護者の方が仕上げ磨きをしてあげましょう。

磨き方のポイントをまとめました。

  • 子どもを仰向けに寝かせて、膝の上に頭をのせる「寝かせ磨き」がおすすめ
  • 歯ブラシは鉛筆持ちで、軽い力でやさしく
  • 特に奥歯の溝と、歯と歯茎の境目を丁寧に
  • 仕上げにデンタルフロスで歯と歯の間もケアできると理想的

嫌がる子には、お気に入りの歯ブラシを一緒に選んだり、磨き終わったあとに「歯がピカピカになったね!」と思いっきり褒めてあげたりすると続きやすくなりますよ。

定期検診を「怖くない場所」として経験させる

痛くなってから歯医者に行くと、どうしても「怖い場所」になってしまいます。でも、虫歯がない状態で定期的に通っていると、「歯を見てもらうだけ」「フッ素を塗ってもらうだけ」という経験が積み重なり、歯医者への恐怖感がぐんと減ります。

3ヶ月に1度の定期検診を習慣にできると、虫歯の早期発見にもつながり、お子さんの歯医者デビューをいい思い出にしてあげることもできます。

要注意!生え変わり期の「6歳臼歯」という落とし穴

乳歯の話と合わせて、もうひとつ知っておいてほしいことがあります。

6歳頃に、一番奥に生えてくる「6歳臼歯(第一大臼歯)」は、乳歯ではなく、最初に生える永久歯です。「乳歯が全部抜けてから永久歯が生える」と思っている方も多いのですが、実は乳歯と永久歯が混在する「混合歯列期」が6歳頃から12歳頃まで続きます。

この6歳臼歯が特に問題なのは、生えかけの状態が長く続くこと。歯茎からちょこっと顔を出している間は、歯ブラシの毛先がうまく届かず、磨き残しがとても多くなります。しかも、生えたての永久歯はエナメル質がまだ成熟しきっておらず、非常にやわらかい状態です。

さらに、乳歯に虫歯が多い環境で生えてきたとしたら……もう、虫歯のリスクは最大級です。

6歳頃になったら、一番奥の歯が生えてきていないか、ぜひ確認してみてください。生え始めたら、歯ブラシを縦にして奥歯の溝を磨くことを意識し、歯科医院でのフッ素塗布とシーラント(奥歯の溝を埋めるコーティング)を検討するのもおすすめです。

まとめ

今日の記事を通じて、少しでも「乳歯の大切さ」が伝わっていれば嬉しいです。最後に要点をまとめます。

  • 乳歯は「仮住まい」ではなく、噛む力・発音・顎の発育・永久歯の案内役という4つの重要な役割を持っている
  • 乳歯の虫歯を放置すると、歯並びの乱れ・永久歯の質の低下・虫歯菌環境の引き継ぎ・顎の発育不全が起こり得る
  • 乳歯の虫歯は「白い濁り」から始まり、進行が速く気づきにくい
  • 虫歯菌は大人から感染する。「感染の窓」(1歳7ヶ月〜2歳7ヶ月)の時期は特に注意
  • フッ素の活用・仕上げ磨き・定期検診が、今日からできる「引っ越し準備」
  • 6歳頃に生える6歳臼歯は最初の永久歯。乳歯の時期から虫歯菌を増やさないことが重要

完璧にやらなくていいんです。まず今夜、仕上げ磨きのときに「6歳臼歯、ちゃんと見てみよう」だけでも十分。それだけで、お子さんの将来の歯を守るための大事な一歩になります。

「お口の健康は、人生の『おいしい』を守ること。」

大人の歯への引っ越し、一緒に丁寧に準備していきましょうね。