芥川賞作家に学ぶ「文章術の王道」 『文は一行目から書かなくていい』ブックレビュー

芥川賞作家に学ぶ「文章術の王道」 『文は一行目から書かなくていい』ブックレビュー

今回は、小説創作のかたわらノンフィクションも手がける芥川賞作家の藤原智美氏による『文は一行目から書かなくていい―検索、コピペ時代の文章術』(プレジデント社)をご紹介します。副題にあるように、電子メディア隆盛のいまだからこそ、だれもが陥りがちなワナを示し、ライターが知っておきたい「王道」の考え方を指南してくれる本です。

本稿ではとくに、全6章のうち第5章「検索、コピペ時代の文章術」と第6章「書くために『考える』ということ」から、ライターになりたての、あるいはライターを目指す人と共有したいことをお伝えします。

うまい文章はコピペからは生まれない

執筆業をナリワイにしている人やライター志望の人であれば、コピペは厳禁ということはご存知のはず。「これを知らなきゃプロじゃない!著作権の基本」の記事でも触れたように、著作権の観点から「引用」の範囲を超えたコピペが許されないのは当然のことです。

しかし本書で著者がコピペに対して警鐘を鳴らしているのは、単にそれが違法だからではありません。

いろいろなサイトや本から「コピペで部品を集めて最後に自分で組み立て」てばかりいると、自分の頭で考えて文章を書くことができなくなる恐れがあるというのです。

もちろん、外部から情報を集めて新たなストーリーにして見せることを全面的に否定しているわけではありません。が、それは書き手ではなく編集者の発想だと著者は言います。編集者であれば編集のスキルやセンスを磨くのは必須ですが、「文章を書こうとする人がいくら編集力を磨いたところで、けっして文章はうまくなりません」。

実際のところ、ここは悩ましい面もあるかもしれません。というのも、現実にはプロジェクトによって「編集者」としてかかわることもあれば、「ライター」としてかかわるという人もいるでしょう。そういう人であれば、ライティングの際にも、どうしても編集的な発想になりがちです。そこはうまく生かしつつも、コピペ思考に逃げることなく、著者の言うところの「ゼロに近い立ち位置からの創造」を目指せるかどうか。ここでプロとしての力量が問われるのかもしれません。

数字に逃げず、文章で伝えよう

ビジネスライティングを含め、広い意味でのノンフィクションの執筆に際して、説得力を高める材料として定量的なデータが必要なことは少なくありません。書き手の独りよがりではない「客観的」な事実だと伝えるうえで、インパクトのある数字を見せることは非常に有効です。

ただし、数字の扱いほど難しいものはありません。著者は「数字のウソに気をつけろ」と警鐘を鳴らします。
なぜなら「アンケートや統計などの数値というのは、客観的ではなく主観的なもの」だからです。

著者が例に引いているのは親子関係の親密さに関する国際比較です。

若者を対象にしたあるアンケートで「何があっても老親を養う」と答えた割合が、日本は欧米に比べて半分程度でした。ここだけ見れば、日本の親子関係はドライだと結論づけてしまいそうですが、同じ調査の別の問いを見ると、親との同居率が日本は対象国の中で2番目に高い。そこに注目すれば、日本の親子がベッタリだと見えます。つまり、どの数字を強調するかによって、まったく別の印象を作ってしまえるわけです。

こうした「数字のウソ」がある以上、統計やデータを無防備に乱用するわけにはいきません。説得力を増そうとして数字を並べ立てるのではなく、ライターならきちんと文章で伝えるべきだと主張しているのです。

ライバルに差をつける「断片を統合する力」

上記2点をも内包する著者の主張として参考にしたいのは、ライターには統合する力が必要という点です。

いい原稿を書くには執筆前の取材が重要です。ネットや本、雑誌などの二次資料のリサーチ、あるいは専門家へのインタビューなどを通して、精度の高い情報を集める必要があります。

まず、この段階で著者がアドバイスするのは、資料集めに躍起になるなという点です。著者は本1冊の執筆準備として、たとえば資料集めの期間は3カ月、冊数は70冊まで、などと上限を設けているそう。もし短い記事を1本書くだけなら、ネットサーチの時間は2時間、参考文献は入門書を3冊のみ、など、かなりコンパクトにできるでしょう。こうして上限を設けてから資料や情報を集めないと、気がついたら延々とネットサーフィンをして丸半日つぶれてしまった! なんてことにもなりかねません。

さらに、情報や知識の断片を統合して文章にするには、必要にかられて集めた情報だけでは物足りません。「なんらかの感情を伴ったピース」を加えることで、より価値が増すというのです。「書くということは、心の動きに引っかかったピースを、すくい上げて言葉にする行為」だからです。

小説家じゃあるまいし、仕事のビジネスライティングでそこまで求められてないよ、と思う人もいるかもしれません。しかし、たとえ淡々と事実を並べることが求められているライティングであったとしても、自分の感情というフィルターを通した文章を紡ぐほうが、ほかのだれでもない、自分だからこそ書ける原稿に近づくはずです。

そのために著者がアドバイスするのは、「日々の心の動きをないがしろにせず、自分の内面に目をとめて、それを言葉として残しておくこと」です。これこそが、伝わる文章術の王道だと著者は訴えます。

以上、3つのポイントに絞ってお伝えしました。もっと詳しく知りたい方は、ぜひ本書を通読してみてください。日々のライティングに、きっと役に立ちます。

 

著者プロフィール

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小島和子
フリーランスで編集・執筆・出版プロデュースを手がける。最初に勤めた出版社では、語学書や旅行記など、異文化にまつわる書籍の編集を担当。環境をテーマにした本づくりをきっかけにキャリアチェンジし、政府系機関やNGOで環境問題に関する情報発信に携わるなど、出版業界以外の経験も豊富。近ごろは東北復興の取材で現地に足を運ぶ機会も。分担執筆した著書に『つながるいのち―生物多様性からのメッセージ』がある。

 

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