【プロの流儀02】アウトプットに境界線なし!「編集力」でビジネスを切り開く。

「Pentonoteという会社があるんだよ」というタレコミを得た。こちらはPENYAだ。ネーミングに同じ匂いを感じる。

しかも事業内容は「コミュニケーション領域を中心としたコンサルティング」「クリエイティブ・ディレクション」「コンテンツ企画制作、編集、ライティング」という! まるで親戚のようじゃないか。

ということで、急きょ、「ペントノート」を屋号に掲げる代表の山下紘雅さんに、ペン屋としてインタビューを申し込むことに。デジタルの世界で、ペンとノートを武器に一体どんなことを企てようというのか!?

自然とコンテンツ作りをはじめていた少年期。

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―名前が似ていますね!(笑)

山下 ペントノートの設立は2015年6月です。うちが後発ですが、パクったわけではないんですよ!

―たまたま「ペンを掲げよう!」という志にたどり着くとは、これはもう、我々は協業するしかない勢いですよ。

山下 本当にそうですね(笑)。

―プロフィールを拝見したところ、大学は理工学部のご出身でいらっしゃる。

山下 学部は情報通信系で、修士課程では生命理工を専攻していました。脳波を計測したり、ニューラルネットワーク(神経回路網)のシミュレーションをしたり。

―ゴリゴリの理系……。そんな山下さんが、コンテンツ制作、編集、ライティングという事業内容を選ぶにいたるまでの経緯が気になります。すごく。

山下 もともとアウトプットに興味、関心はあったんです。通っていた中学校が、当時としては画期的なのですが、コンピュータールームにMacを揃え、LANも入るようになって。htmlで書いてWEBサイトを作ったり、ということをお遊び程度にやっていたんです。 

―それは凄い中学校ですね。全部Macですか! 「普通のサラリーマンにはなるな」といわんばかりの教育(笑)。

山下 自由研究で冊子を作ったり、家族と海外旅行をした様子をサイトにアップしたり。それも、親しかった理科の先生が、当時発売したばかりのカシオのコンパクトデジタルカメラを「旅行に持って行っていいよ」と貸してくれたので、自分で写真を撮ってきたんです。

―中学生の段階で、すでにWEBのコンテンツ制作をはじめている……。世代も環境も、うらやましい限りです。

山下 コンテンツ制作を自然と好んでいたという面は確かにありました。

―それでも、学術面では理系に進まれたんですね。

山下 実はそんなに深い意味はなくて、親が理系であるといった環境的な要因と、「文系には後からでもいけるだろう」という考えからとりあえず理系に進んだ、というぐらいなんです。国語と数学、どっちも好き。というか、あれもこれもやりたいと思ってしまうタイプなんです。

―「書く」ということも好き?

山下 学生のころは、まだ得意と感じるほどではありませんでした。哲学者の土屋賢二先生のユーモアエッセイに憧れて、「こういうものが書けるようになりたい!」と思い、先生のいる大学まで会いに行ったんですね、女子大だったんですけど。

―なんと大胆な!

山下 そうなんですが、 守衛さんに言ったら、入れてくれました。

―あ、なるほど(笑)。

山下 もちろん、若さゆえの勢いではありました。大胆にも土屋先生に会いに行ったら、特別に「ゼミも覗いていいよ」とお許しを得ることができて、半年間ほど通ってみたり。そのころからですね。「言葉」というものへの関心が高まったのは。自分でブログを立ちあげて、エッセイを書きはじめたんです。

―エッセイとはまた、理系の学生らしからぬ。

山下 趣味ではじめた、閉じたブログですよ。ところが次第に書くことにのめり込んでいき、土屋先生に「どうですか!」と書いたものを見てもらったりもしました。若造だったので、恥ずかしげもなく(笑)。そのときはわりと本気で「エッセイストになりたい」と思ったりもしていたんです。

―おお、飛躍しますね。

山下 そうなんです。先生にも諭されました。「まだ何者でもない君がいきなりはエッセイストにはなれないよ」と。確かに何の肩書きや専門性もない「ただのエッセイスト」なんて、世の中にほとんどいないですよね。

―良かった。目が覚めたんですね。

山下 ただ、先生には「君の文章は理系っぽいところのおもしろさがあるから、そこをもっとエッジを立てていけばいいんじゃない?」とアドバイスを頂戴したりもして……。それがまぁ、学生のころの話です。

一流企業の勤め人から、長期のバックパッカーに!?

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―そして卒業後は、名の通ったコンサルティングファームにお勤めされる。いわゆるエリートだ。

山下 生意気なんですが、それも「コンサルをやりたい!」という積極的な選択ではなかったんです。書くことは好きだけど、もちろんそれでは食っていけない。でも、ロジカルに物事を捉えてアウトプットするスキルは高めたいし、なるべく将来の選択肢は狭めたくないから、いろんな業界と関われる仕事がいい。「だったらコンサルかな?」という。

―それで入社できてしまう、そしてコンサルタントの仕事がこなせてしまうところに、山下さんのマルチタスクぶりが伺えます。

山下 コンサルタントとしてのロジカルな思考のアプローチやアウトプットを生み出すスキルを磨けば、後の選択肢が広がっていいかな……ぐらいの動機でしたよ。 こんなことを言ってはいけないのでしょうが、そのうちに本当にやりたい仕事が見つかるだろう、という先延ばしの感覚は、当時は確かにありました。

―でも大手のコンサルティング会社だし、お仕事は大変だったでしょう?

山下 激務は覚悟して入社しました。そうしたら本当に激務でした(笑)。「身体を壊して倒れたら辞めよう」と思っていたのですが、人間、そう簡単には倒れないものですね。いつもギリギリのところでもってしまって、もやもやと「このままでいいんだろうか」という思いが募る一方でした。

―モラトリアム青年の危機!

山下 「そもそも自分たちがちゃんと実践できていないのに、お客様に『こうしたほうがいい』とアドバイスするのってアリなんだろうか」という、本質的なことをつい考えてしまうタイプでもあって。

―真面目だなぁ。コンサルさんってそういうものですよね。

山下 そうなんですが、どうも僕は……。「こんな心持ちで組織にいること自体が罪なんじゃないか」と考えるにまでいたってしまったんです。

―なんとなく給料だけもらっとけばいいや〜、って流せないタイプなんですね。山下さん、クールにみえて熱血漢だ。

山下 で、会社を辞めて世界一周の旅に出たんです。

―なんと……!

山下 妻も一緒に。

―待ってください。2人で世界一周の旅へ?

山下 はい。僕はとにかくもう耐えられなくて、東京にいるのが辛いぐらいの心境になってしまって。妻に「僕は会社を辞めて1年間の旅に出るけれど、キミは好きにしてもらっていいよ」と告げたら、「私も辞めて一緒に行く」と。

―すごい……(絶句)。夫婦で退職!? それじゃ、文無しじゃないですか!

山下 そうですね(笑)。家も引き払って。しかも僕は、いても立ってもいられず、妻を置いて先に旅立ってしまったんですよ。行き先とか計画はまったく立てずに、とりあえず大阪まで行ってフェリーに乗って釜山に向かいました。

―なんでまた大阪からフェリー!?

山下 瀬戸内海を抜けて行く船があるんです。とりあえず近い国へ脱出しよう、という感じで(笑)。

―いや、楽しそうですけど……。すごい決断でしたね、それは。

山下 妻は、僕より会社に退職願を出すのが遅れてしまって、ちょうど1ヶ月ぐらい間が空いてしまったんですよ。僕は、子供のころからいわゆる“引かれたレール”の上を歩んできた、丸の内勤務の典型的なビジネスマンだったわけですが、退職して、平日に私服で街を歩いているだけでもう駄目でしたね。

―えっ、何が?

山下 街でスーツの人を見かけると、「自分は落伍者だ」「社会から外れてしまった」と鬱々としはじめたんです。

―会社を辞めても、だいたい何とかなりますけどね。

山下 いろいろと経験した今となっては「どうにかなる」と思えるのですが、当時はまだまだ。無計画に行動を起こすだなんてまるで初めての、几帳面な慎重派だったんです。

―それなのによく釜山行きのフェリーに一人で飛び乗りましたね。

山下 釜山から電車でソウルに向かって、 仁川港から中国の天津へ。そこから電車を乗り継いで香港まで行って……と、結局、1年の半分はアジアに費やしてしまいました。インドでヨガのアシュラム(道場)を経験したり。

―おお、自分探しの王道コースだ。

山下 青い鳥症候群と言われても仕方ないですね(笑)。いや、実は妻がヨガインストラクターの資格を取っていたので、その影響もあったんです。インドでは2週間くらい、瞑想とヨガを行うベジタリアンの生活をやってみたりしました。

―慌ただしいコンサルタントのお仕事からは遠い、内省の生活……。

山下 はい。とくに良かったのは、瞑想センターでの10日間のプログラムでした。マレーシアで初めて体験し、それがあまりにも素晴らしかったので、タイでまた挑戦して。10日間、PCや筆記用具などの荷物はすべて預けて、朝から夜までトータル10時間、ひたすら瞑想を行うんです。

―無理だ……、絶対に無理!

山下 最初は30分もしないうちにギブアップしてしまいますね。でもそれが徐々に慣れてきて、「内観」できるようになっていくんです。ただあるべき自分と向き合い、全身の感覚を研ぎすまし……。本来持って生まれたはずなのに、世間に揉まれて忘れてしまったものを取り戻そう、というトレーニングのようなものです。いまどきの言い方をすれば“デジタルデトックス”ですかね。

―乗り越えられるものですか? こう、集中力が途切れてムズムズしたり……。

山下 10日間のプログラムで、7日目ぐらいにようやく邪念や執着心がなくなっていく感覚を少し味わえました。瞑想するだけで、まるで整体かハリ治療でも受けたかのように、背筋がピンとしてくるんですよ。

―え〜、ほんとですか!?

山下 でも辛かったのは「書けない」ということでした。僕はその旅の間ずっと旅行記をしたためていたのですが、その10日間はすべての荷物を預けているので、できない。それが本当に辛くて。自分の心境の変化などを綴っておきたかったんです。でも瞑想のおかげで集中力が高まったのか、記憶力はむしろ増していましたね。 全行程を終えてから、一気にノートに10日間の出来事を思い出して書きました。結局、1年ちょっとのあいだに、全部で40万字ぐらいの旅行記を書いたと思います。

―40万字!!! 本になりますね。

右脳と左脳、論理と感性を行ったり来たり。

山下 「書く」ということ自体がさらに好きになって、自分にとってリフレッシュにもなるのだと気づきました。それから帰国して、さぁ何をしようと考えたときに、まずは「書く=アウトプット」に携わろうと。紙の本を作るとか狭い専門領域ではなく、もっと広域に「編集」というものを生業にしたいと思いいたったんです。

―編集、エディットですね。

山下 ちょうど知り合いが、iPadを使ったリッチな電子書籍を制作する会社を立ち上げたので、そこにジョインして。新しいツールを使って「編集」という概念で仕事ができるな、と魅力を感じました。

―まずは電子書籍から。

山下 はい。ですが、日本はなかなか電子書籍の市場が伸びず、BtoBの営業ツールの制作などをメインにやっていました。

―コンシューマーを対象とした電子書籍はいまだに苦戦していますね。そのときの役割としては、編集者?

山下 もっと広く、営業もやれば企画立案もやるし、シナリオや絵コンテもつくる、何なら自分でも書く、という幅広い業務でした。ここで、5年間で培ったコンサル経験が活きてきたんですよ。コンテンツ制作は、クライアントワークですから、お客様の「思い」をどうロジカルに捉えて、見える化していくかという部分が肝になりますよね。

―そうです。本当にそう。

山下 ライターさんやデザイナーさんと仕事をしながら、お客様とも向き合い、その「思い」を形にしていく。これって実はすごくコンサル的なアプローチであって、制作の現場にはできる人が意外に少ないことに気づきました。

―いないですねぇ……そういう人。そもそも制作の現場は紙とWEBで分断されていますし、IT企業の人の脳内はまた独特で……。

山下 コンテンツ制作って、お客様の課題に1つ1つ向き合っていくものだから、なかなか簡単にスケールアップさせることは難しい。

―クリエイティブで大きい数字や効率化を狙うと、たいがい失敗しますね。

山下 ただ、右脳と左脳、論理と感性、具体と抽象の両方を行ったり来たりすれば、落としどころが見つかると思うんです。それは、デジタルかアナログかというアウトプットの形式も関係なく。

―まさに、「あれもこれもやりたい」という山下さんならできることでは?

山下 僕が、中高生のころから何気なくやってきたことと、5年間みっちりとコンサルタントとして鍛えられた部分とが、自然と形になってきた、という実感はあります。

―クリエイターも、お客様視点に立ったり、ロジカルに物事を捉えたりっていうのは必要なスキルですね。耳が痛い……。

山下 独立して一人で会社をはじめてからは、クリエイティブの部分は懇意の デザイン事務所の方たちと一緒にやっています。コンサルとも広告代理店とも違う立ち位置、と言えばいいでしょうか。例えば、大手企業がWEBサイトをリニューアルするにしても、制作会社に発注してもディレクションするノウハウがあればいいのですが、なかなか思うようなものができないのが実態なので、その間に立ってコンセプトを決め、プロジェクトマネジメントやクリエイティブ・ディレクションをする、という。

―いまの時代、それは引っ張りだこの人材!

山下 実際には僕も手を動かしているんですけどね。書くこと自体は好きなので。それに、どうにも……。

―気になっちゃうんですね、細部が。

山下 そうなんです、性格的に(笑)。

―自分でやらないと気が済まないんだなぁ。職人気質ですね。

山下 ただそれではレバレッジが効かなくなってしまうので、なるべく客観視しながら、自分の中で右脳と左脳を行ったり来たりすることを忘れないように気をつけています。何よりお客様の問題解決のためには、ある程度はロジカルにストーリーを組み立てることが大事。そこからさらに、 コンテンツの届け手に響くものにするために感性を働かせて、アイディア出しをする。

―1つとして同じ形はない。コンテンツは手づくりですね。

山下 クリエイティブの現場は、泥臭いですよね。でもそれって機械では代われない部分なので、結局、土台となる企画の仕事は普遍的に続くのではないでしょうか。それこそ、紙とペンさえあればいい。

―だから「ペントノート」!

山下 はい。どんな仕事でも、まずはペンでノートに書く。紙だろうがWEBだろうが、ベーシックな部分に変わりはないと思います。最先端のデジタルツールはもちろん便利に活用しますよ。そして一流のクリエイターやエンジニアと組んで、ロジカルに構築した道筋の上に、感性をプラスアルファさせてコンテンツを制作していけばいいと思うんです。

―なかなか簡単にできることではありませんが、WEBメディアは、まさにそういった流れになってきていると思います。

山下 あとは、これまた泥臭いですけど“一球入魂”ですね。まだ小さな会社なので、1つ1つの仕事に全力を注いで、「山下になら次も安心して任せられるね」と言ってもらえるように、丁寧に継続させていくしかないと思っています。

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ペントノートのキャッチコピーは、「むずかしいことを、わかりやすく。複雑なものを、シンプルに」。

山下さんが手がけた事例を拝見すると、もやもやとした“伝えたいこと”が、実にシンプルに美しくアウトプットされています。

理系と文系という区分にこだわらず、コンサル目線でジャッジしながら、一方ではクリエイティブ目線で熱くモノづくりをする。WEBの世界にこういった人材が増えればもっともっとおもしろくなる! という予感がしました。

頭を柔らかくフレキシブルに、フラットな姿勢でクライアントワークに向き合う。WEBメディアでの活躍を目指すエディター、ライターのみなさんのあるべき姿ではないでしょうか。

どうすれば山下さんのようになれるのか……。タイで瞑想!? 仕事で行き詰まったら、それもまたいいかもしれませんね!

今回訪ねた人:山下紘雅さん

大学卒業後、大手コンサルティングファームにて組織・人事領域を中心とするコンサルティング業務に従事。その後、1年間の世界旅行、スタートアップ参画を経て、2015年、「ビジネスの世界に、もっと編集力を。」との思いから、株式会社ペントノートを設立。好きな言葉は、「明日は明日の風に吹き飛ばされる」。

 

著者プロフィール

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藤島由希
早稲田大学を卒業と同時にライターに。以後、フリーエディター、インタビュアーとして女性誌を中心に活動。これまでの執筆媒体は『anan』『Hanako』『GINZA』『BRUTUS』など。現在はWEBディレクターとして活動中。趣味、街歩き。好きな食べ物、おにぎり。

 

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