地域に根差して書く~マスメディアの隙間を埋めるもうひとつのニュースメディアを運営して

地域に根差して書く~マスメディアの隙間を埋めるもうひとつのニュースメディアを運営して

地域には、新聞やテレビだけでは伝えきれない課題や話題が埋もれています。それを掘り起こして伝えれば、個人運営のメディアでも支持を得られるのではないか―。

そう考えて、私は自身が暮らす奈良県で、地域密着型のニュースメディア「奈良の声」をウェブ上に展開しています。取材依頼もときどきあり、最小規模のメディアであっても、活躍の場は十分にあると実感しています。

どんなライターも、いずれかの地域に生活基盤を置いているはず。ウェブサイトの開設も容易です。自分サイズの地域メディアを作ってみてはいかがでしょう。執筆活動の領域を広げる機会にもなると思います。

拠点も話題も東京中心のメディア

こうした小さなニュースメディアは、従来のマスメディアと区別して、独立メディアとか、オルタナティブ・メディア(「もう一つのメディア」と訳されることも)と呼ばれています。

マスメディアが伝えない課題や話題、また、マスメディアにはない視点を提供します。インターネットの普及に伴い、情報発信が容易になったおかげで、個人または少人数での設立がしやすくなりました。期待されているのは、情報の多様性を広げる役割や市民の情報発信への参加です。

形態としては、市民参加型からプロのジャーナリストを中心にしたものまで、さまざまあります。よく知られているのは、市民記者が投稿した記事をウェブサイトに載せる市民参加型メディアです。市民メディアとも呼ばれます。代表的なものに「JANJAN」や「オーマイニュース(リンク先は英語版です)」があります。

ただ、いずれも姿を消してしまいました。活動実績は残したものの、利益を生み出す仕組みを確立できなかったのです。

それでも独立メディアの存在意義が失われたわけではないと思います。地域密着型の展開に方向性の一つを見いだせるのではないでしょうか。

市民参加型にしろ、プロのジャーナリストによるものにしろ、ウェブ上で見つけることのできる独立メディアの多くは、発信拠点が東京です。扱うニュースのテーマも、たとえば原発や国会、沖縄米軍基地問題など、中央で話題になっているものが目立ちます。その辺りの傾向はマスメディアと変わらないように見えます。

一方で、地域を拠点にその地域のニュースを発信する独立メディアを見つけるのには苦労します。

私は長く、奈良県の地方紙の編集部に在籍していました。退職後の2010年にニュースサイトを開設しましたが、そうした事情もあって、目指したのは、県内を取材範囲とし、地域の身近な問題を掘り下げて伝えるメディアでした。

地域には新聞・テレビでは伝えきれない課題や話題がたくさん

住んでいる市町村や都道府県の議会を傍聴してみると、地域のさまざまな課題が議論されていることが分かります。同時に翌日の新聞を見て、記事になるのはごく一部であることを知ります。

新聞社やテレビ局は地域に支局や通信部を置きますが、それは地域の拠点都市が中心になります。奈良県でいえば、39市町村すべてに記者を配置している社はありません。配置は多くて10カ所前後です。

限られた数の記者で日々の紙面を埋めるとなると、取材時間は制約を受けます。同時に紙面にも限りがあります。ニュース選択は、物理的な都合にも大きく影響を受けています。

最近の取材では、こんな例があります。奈良県が県庁横の道路について、車道拡幅のため歩道を撤去してしまいました。その結果、危険な車道を歩く人が絶えないという問題が起きていることに気が付きました。私が運営するニュースメディアで報じると、後にテレビと新聞がニュースにしました。影響力の大きなマスメディアがあらためて取り上げたことで、問題が広く知れ渡る結果になりました。

行政の公開制度普及で、従来メディアとの情報格差は縮小

私は当初、個人運営のメディアがどこまで取材活動をできるか不安でした。しかし、実際には、役所の記者クラブに加盟していなくても、また、新聞社の名刺がなくても大きな不自由はありませんでした。当局による記者会見など、クラブ加盟社にしか参加を認めないものもあるにはありますが。

有力な味方は行政の情報公開制度です。国のほか、近年は各都道府県や各市町村などでもほぼ制度が設けられるに至り、かつては新聞社などでも得ることができなかった行政文書を、今日では住民でも開示請求できます。私はこの制度を大いに活用し、ニュースにつなげています。

インターネットの普及により、記者発表資料をホームページで同時公開する都道府県や市町村も増えつつあります。

現代は、役所や企業に対し、住民や消費者への説明責任がより強く求められる時代です。従って、個人メディアの問い合わせにも丁寧に答えてくれます。

不利な点も武器に変え、地域密着で存在意義

小さなメディアは、住民の立場に近いことが武器といえます。役所の記者クラブへの加盟を認められないという、不利に見える点も、見方を変えれば長所になります。

その分、視点は住民に近くなるからです。

奈良県議会を傍聴取材したときのことです。県庁駐車場に停める車の駐車時間が無料枠の2時間を超えて、1000円の料金を払わなくてはならなくなりました。県政・経済記者クラブ加盟の記者は何時間車を止めても無料。一方、個人メディアは一般県民と同じ扱いです。このように、駐車場の運営に県民の議会傍聴を妨げる問題があることに気付けたのは、県民に近い立場だからだといえます。議会事務局に問題点を指摘したところ、県民傍聴者にもそのつど無料券が交付されることになりました。

ライターがある地域の住民であれば、ライターはその地域が抱える問題の当事者でもあります。当事者であれば、問題への関心度も高くなり、新聞やテレビより、取材が粘り強いものになります。真に住民のための報道ができます。

地域密着という点ではこんな取材をしました。奈良市内の自宅近くにある公園で、私が所属する自治会が餅つき大会をしようとしたところ、市が火気の使用を認めませんでした。これをきっかけに、近隣の市ではどう対応しているのか調べたところ、火気厳禁ではないことが分かりました。

読者からときどき寄せられる取材情報や支援の寄付は、マスメディアにはないニュースへの期待の現れと受け止めています。

ライターの活動領域、人脈を広げる機会にも

ウェブメディアの運営は1人から始められます。サイトの存在やニュースの更新は、ツイッターやフェイスブックなどで知らせることができます。ウェブは全国、世界に通じています。署名記事を通じて、ライターとしての活動を知ってもらうことができます。

住民に役立つニュースを届けることは、地域貢献につながります。取材を通して、地域のいろいろな人との出会いも生まれます。また、地域の課題を取材することで、知らなかった分野の知識が広がります。取材の範囲は全県でなく、住んでいる市町村でも、さらにその中の地元小中学校区の単位でもよいと思います。取材もできるときにすればよいでしょう。

私の運営するニュースメディアでは、アフィリエイト広告収入と寄付収入がありますが少額です。生活のための収入は、別のところに求めているのが実情です。

各地域で同様のメディアが増えれば、そのなかからビジネスモデルが生まれてくるかもしれません。


参考:

 

著者プロフィール

著者アイコン
浅野善一
奈良県の地方紙、奈良新聞社で23年間、記者・デスクとして報道に携わった。退社後の2010年、個人運営のインターネット新聞、ニュース「奈良の声」を始める。新聞社の名刺がなくなり、かえって何のために伝えるのかという目的意識が明確になった。従来のメディアの隙間をゆく取材には醍醐味を感じる。奈良市在住。

 

関連記事